サビや色あせは「育った」証拠。ごみの最終処分場を歩いた現代美術家 富田菜摘のものの見方
曲がってしまったフォーク、錆びてしまった鍋、壊れた傘……。多くの人にとってそれらは、不用品として捨ててしまうものでしょう。しかし、アーティストの富田菜摘さんは「素材」として受け取り、廃材から愛嬌あふれる生き物の立体作品を生み出しています。
今回は、富田さんが東京23区のごみの中間処理施設である中防不燃ごみ処理センターと、ごみの最終処分場である東京都廃棄物埋立処分場等を見学。ごみの処分場や廃材の山を見て、富田さんが感じたこととは──? 廃材と向き合い続けてきた富田さんならではの視点を通じて、「廃材」と「素材」の境界線について探ります。
どうしてアートに廃材を?
─まず、廃材でアート作品をつくり始めたきっかけについて教えてください。
富田さん:きっかけは、高校3年生の美術予備校の文化祭です。作品展示をすることになり、「素材もモチーフも全部自由でつくっていい」という機会をもらいました。当時は美大受験のために予備校に通っていましたが、受験のための制作はテーマが決まっていたので、ゼロから自分で考えるのは初めての経験でした。
当時の私は、大自然がそのままの姿で残っているガラパゴス諸島にロマンを感じていて。なかでもウミイグアナの独特な存在感がたまらなく好きだったので、「これをつくろう!」と決めました。
富田さん:ウミイグアナは大自然で暮らしている生き物です。そのため、自然とは対極の素材──都市の廃材を使うのはどうだろう、と考えました。高校生なりに、あえて逆のものを組み合わせて、環境への思いやメッセージを込めたかったんです。
─環境のことを考えて生まれた廃材アートだったんですね。作品のタイトルは『鉄兵』ですが、なぜこの名前をつけたのでしょうか?
富田さん:「鉄兵」は、私が男の子だったらつけられる予定だった名前なんです(笑)。父が大好きだった、ちばてつやさんの漫画が由来で。
名前を作品につけてみたらすごく愛着が湧いてきて、それからずっと同じように名前をつけています。展覧会が始まるまでは制作したものと一緒に生活をするのですが、作品名を人の名前のようにすることで、本当に家族みたいになってくるんです。
誰かの「不用品」が、作品の素材に変わる
─富田さんは、金属の廃材をよく使っていますよね。廃材アートに使う素材は、どうやって集めているのですか?
富田さん:最初は自分でまちを歩いて拾っていたのですが、作品を発表するうちに周囲の人が「これ使えるんじゃない?」と持ってきてくれるようになりました。最近はほとんどがもらいもので、個展をするたびにお客さんがいろんな廃材を持ってきてくれます(笑)。
使わなくなったフライパンを持ってきてくれる方、事務所の整理のタイミングでまとめて送ってくれる方、展示先のギャラリーで出たものを譲ってくれる方……。自分では選ばなかったような素材が届き、それに向き合っていると、「こういう使い方ができるぞ!」とひらめくことがすごく多いです。また、人からいただくことで、作品のなかにその人の想いが込められる感じがして、それもとてもうれしいですね。
─とはいえ、届いたものがすべて素材になるわけではないですよね?
富田さん:そうですね。「お宝だ!」と思うものもあれば、申し訳ないけど「これは使わないな……」と思うものもあります。でも、使えるかどうかわからないものもとりあえず取っておきますね。そうすると、思わぬところで大活躍する瞬間があって。「絶対使わない」と思ったもの以外は、とりあえず保留にしておく、というのが私のルールです。
東京のごみの最終処分場で、廃材の「最終地点」を見つめる
ここからは、富田さんと一緒にごみの最終処分場を見学していきます。訪れたのは、埋立て中の「東京都廃棄物埋立処分場」と江東区にある「中防不燃ごみ処理センター」。この場所では1973年から、東京23区などで出たごみによる埋立てが続けられてきました。なかにはすでに埋立てが終了したエリアもあり、現在は中央防波堤外側埋立処分場と新海面処分場が稼働中。中央防波堤外側埋立処分場は東京ドーム42個分にもおよぶ広大な場所です。
また、不燃ごみ処理センターでは、運ばれてきた不燃ごみ(廃材)が山のように積まれ、普段は目にすることのない光景が続きました。
─今回の見学を通じて、一番印象に残ったことはなんですか?
富田さん:埋立地の断面を見た瞬間ですね。30年以上前のビニール袋が地層にそのまま残っていて、「私が子どもだった頃はこういう処理をしていたんだ」というのが一目でわかりました。
富田さん:当時はビニールを燃やすことができず、そのまま埋めるしかなかった。そこから現在に至るまで、短い期間で技術が進化し、埋立てるごみの量も減っていったのだとわかり、本当に感動しました。
いろんな困難があって、その都度試行錯誤したのだろうと考えると、人類ってすごいなと感じます。
─見晴らし広場から処分場の全景を眺めてみて、どうでしたか?
富田さん:何も知らずに見たら、普通の広場にしか見えないんですよ。景色もきれいですし。でも、あれは全部、私たちが捨てたごみを中間処理後に埋立処分してできた地面なんですよね……。
富田さん:ごみだったとはわからないほど処理されているのは、本当に多くの人の努力の賜物だと感じました。東京23区のごみが集まっているのに、思っていたよりにおいもなくて、本当にすごいですよね。
─選別された鉄くずやアルミが置かれている現場では、富田さんが次から次へと「作品の素材になるもの」を見つけていらっしゃって、まるで宝探しのようでした。
富田さん:あれは楽しかったですね! 普段、私のもとに届く廃材は、「使い終わったあとのもの」という佇まいなのですが、あそこにあるものは「処理が終わった資源の塊」。ものとしての凄みが全然違って、生々しさというか、塊としての存在感が強くありました。
富田さん:一方で、傘のバネ、ビンの蓋(王冠)、フォーク、メジャーなど、普段作品に使っているものを次々と見つけることができて、使い終わったあとのものがこんなに大きな塊の一部になるのだということを実感しました。
最近はビン離れで王冠も減って、扇風機やゲームコントローラーの形も変わってきています。ここにある廃材も、時代とともに変化しているのでしょうね。
古くなることは、味わいが増すこと。富田さんから見た、廃材と素材の境界は?
─今回の見学を経て、都市のごみへの見方が変わったことはありますか?
富田さん:知識として知っていることと、実際に見て体験するのは全然違いますね。スタッフさんからの説明で、ゴルフボールやマットレスのコイルなどは手作業で仕分けているとうかがい、人の手が細かく入っていることに本当に驚きました。ごみ処理がここまで大変なのかと知ると、不用意には捨てられないですね。
─富田さんにとって、廃材と素材の境界線はどこにありますか?
富田さん:子ども用のスプーンに名前が書いてあったり、サビや傷が残っていたり。廃材には、それが使われてきた証拠というか、ストーリーが刻まれているんです。手にとってよく見てみると、ひとつひとつ異なる味わいやあたたかみを感じられる。自分にとって何かしらの「魅力」を感じさせてくれるものが、私の目には廃材ではなく素材として映ります。
─日常で「廃材」を「素材」として見るためのコツはありますか?
富田さん:私はよく、ものを擬人化して見る癖があります。例えば車って、正面から見ると顔みたいじゃないですか。ワゴンカーは優しいお父さん、スポーツカーはキリッとしたおしゃれな人など。そんな妄想をしていると、ものへの愛着が湧いてきます。
あとは、サビや色あせを「汚れた」ではなく「育った」ととらえ直してみること。ごみ箱が使っているうちに錆びてきたとき、「お、育ってきた」って思うと、なんかうれしくなりませんか?(笑)
ほかにも、古くなることを「味わいを増していく」ととらえると、ものに愛着を持つことができます。視点を変えることはとても難しいですが、私自身も作品を通して、それができたら幸せだなと思っています。
富田さんのこの言葉は、廃材アートにとどまらず、日常の「捨てる」という行為を問い直すことにもつながります。今日、手放そうとしているものを、もう一度まなざしを変えて見てみませんか。
取材・執筆:宇治田エリ 撮影:佐藤翔 編集:森谷美穂(CINRA, Inc.)
- 富田菜摘
- 美術家
-
東京都生まれ。2009年に多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。不要となった日用品・電子機器・廃材を組み立てた動物の立体作品や、新聞・雑誌を素材にした人物作品を制作。多摩美術大学の在学中に初めて個展を開催し、そのあとも国内外の個展やグループ展で作品を発表。ほか、ミュージックビデオのアートワークや店舗・テレビ番組の美術制作、身近にある廃材を使ったワークショップの開催など多方面で活躍中。